東京の弁護士 患者側の医療ミス事件を取り扱っています

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手技ミス(器具等残置を含む)

手技ミス(器具等残置を含む) 事例3-1

62歳男性が食道アカラシア(食道通過障害疾患)に対する手術を受けた際に脾臓を損傷した事案について、手術手技上の過失が認められた事例

(事案の概要)
・患者は、30数年前にも食道アカラシア手術を受けたことがあったが、5年前ころから胸部の苦悶感や喉頭部の通過障害が発生し、本件当時、それが増悪し、のどのつかえる感じや痛みが食後5時間ほど持続し、そのための食事摂取から5kgほどの体重減少が生じていた。
 被告病院の担当医は、以上の訴えに加え、他院での上部消化管透視撮影や胸部X線撮影の所見から、食道アカラシアの再発(術後再狭窄)であると診断し、治療方針として、外科的治療を行うこととし、患者に対する手術が施行された。
・本件手術の経過
a 開腹‥‥上腹部を正中切開にて開腹。その際、切開部に腸管が癒着していたので剥離した。
b 胃底部の剥離‥‥食道と胃の接合部において、胃底部から食道、脾臓にかけて横隔膜との癒着が強かった。このように癒着が強いと、食道の下端を十分に露出して剥離しない限り食道の手術はできないこと、ヘラー法(弛緩不全となっている食道下部のうち、粘膜を残して筋層のみを縦切開して食道下部を拡張する)を行った後に胃底部を縫着するためには胃底部を十分に剥離する必要があること、から担当医は、上記癒着を剥離しようとした。
 ところが、担当医は、剥離の際に脾臓を損傷し、出血したため、ガーゼ圧迫を15~20分間ほど行って止血しようとしたが、止血できず、結局、脾臓を摘出せざるを得なかった。
c ヘラー法からウェンデン法へ‥‥当初予定したヘラー法は、粘膜を残して筋層のみを切開するが、上記開腹、剥離してみると、以前の手術で筋層が切開されて粘膜だけが残った状態で、粘膜がところどころ隆起して筋層と癒着しており、担当医がヘラー法を試みたところ、筋層が非常に薄くなっていたため、粘膜の一部に穿孔が生じてしまった。そこで、担当医は、ヘラー法からウェンデン法(全層縦切開横縫合法。粘膜も含め全層を切開する)に術式を変更して手術を続行した。この方式では、食道の前壁を縦切開するため、その部分の迷走神経は当然切断されることになる。
d 幽門部形成術と閉腹‥‥閉腹まで手術時間は4時間32分であった。
・手術後、患者は退院した。

(裁判所の判断)
・本件の脾臓損傷
 脾臓に実質損傷があっても、浅い損傷であれば止血可能であるが、本件ではガーゼ等の圧迫を行ったにもかかわらず一時的にでも出血を阻止できておらず、止血が困難な状況であり、術中の全出血量である1000mL余りのうち約8割が脾臓損傷によるものであることなどからすると、本件の脾臓損傷の程度は、軽微な被膜損傷ではなく、比較的深部に至る実質損傷であったものと推認される。
・脾臓周囲の癒着
 左横隔膜下面と胃底部及び脾臓がそれぞれどの程度癒着していたかについては、脾臓摘出が最終的には可能であったのであり、脾門部での血管処理が可能であったのであるから、下極方向の脾臓周囲の癒着はそれほど広範囲ではなかったと推認される。
・このように脾臓周囲の癒着がそれほど広範囲でなかったにもかかわらず、脾臓に対して、比較的深部に至る実質損傷を生じさせたことからすれば、担当医には、癒着部分の剥離に際して、脾臓に深部にまで至る実質損傷を生じさせることのないように癒着部分を剥離すべき注意義務があるのにもかかわらず、剥離のために脾臓を牽引した際、指が脾臓の深部に入ったり、強く握りすぎたなどの手術手技の不備によって本件の脾臓損傷を生じさせたものと推認することができる。
 この点は、担当医自身、一般に脾臓の損傷は気を付けてやれば大体防げるといわれていることを認めているところである。
 他方、鑑定人は、癒着剥離により脾臓の深部に至る実質損傷を生じさせたことは理解に窮すると述べている一方で、脾臓の手前の胃を引っ張ることにより、脾臓との間にある間膜を介して脾臓に牽引力が及んで損傷を来すことも十分有りうる旨証言しているが、このような事態も癒着剥離の施術上予見し予防策を講ずべきものである。  以上より、担当医には、脾臓を損傷させた過失があったものと認められる。
・因果関係‥‥肯定

(請求額と判決認容額)
2500万円→1606万円

(広島地方裁判所平成12年1月19日判決 判例タイムズ1077号260頁)

手技ミス(器具等残置を含む) 事例3-2

胃癌の53歳女性が胃の全摘手術を受けたところ、転移していた肝臓癌は手術しないことになっていたのに、担当医が、開腹後に予定を変更して肝臓を切除し、術後、急性肝不全により死亡した事案について、肝切除術におけるペアン鉗子の操作や止血方法につき,過失があったとされた事例

(事案の概要)
・患者は、食事の際に空気を飲み込むような感じになり、さらには食後に心窩部や前胃に痛みを感じるようになったため、被告病院での診察を受けたところ、内視鏡検査により胃ガンであることが判明したが、担当医は、患者には胃ガンの告知をせず、手術が必要であることを告げた。
・数日後、患者は、手術のため入院し、検査を受けたところ、肝臓に多数の腫瘍があり、肝臓にガンが多数転移していたので、担当医は、肝臓ガンを全部取り切ることはできないだろうと判断し、胃の全摘術のみを行うことにした。
・さらに数日後、手術が行われた。
 開腹したところ、腹水や腹膜播種はなかったが、脾臓と膵臓にガン転移が認められたため,担当医は、胃の摘出とともに,脾臓及び膵臓の体尾部を切除した。さらに、肝臓の状態を調べたところ、ガンは肝両葉にまたがってはいたが、そのほとんどは右葉と左葉内側区域に存在していた(左葉外側区域にはほとんどなかった)ため、担当医は、患者や家族には説明していなかったが、拡大肝右葉切除術によれば、肝臓ガンの根治も可能であると考え、肝臓切除も行うことにした。
 そこで、担当医は、キューサー(超音波外科吸引装置)やモスキートペアン(ペアン鉗子の1つ)を使いながら、肝実質を少しずつ切断、剥離していき、中肝静脈と左肝静脈の合流部で中肝静脈を結紮切離すれば,合流部にある大きな腫瘤とともに肝右葉を完全に切除できる状態となった。しかし、さらに中肝静脈を処理しようとしてモスキートペアンを用いて合流部の腫瘤の裏側に回り込んでいったが,腫瘤が手前にあって十分な視野を確保できなかった。そのとき、モスキートペアンが中肝静脈と左肝静脈の合流部辺りに当たり、そこから出血してしまった。
・出血後は、まず、視野を確保するためサテンスキー鉗子により止血し、中肝静脈を手前で切り離し,肝臓の70%を切除した。
 次いで、出血部位を確認したところ、左肝静脈に沿って長さ1cm位の細い裂け目が確認できたため、出血部位を縫合しようとしたが、血管が裂けてうまくいかなかったため、血管外科の医師を依頼したがやはり縫合できなかった。結局、担当医は、圧迫止血により止血し、食道と空腸を吻合し消化管を再建して手術を終了したが、出血から止血まで約4時間半を要した。出血量は、約11,000ccであった。
・術後は、当初、腹痛を訴えたり呼びかけに反応するなど意識は低下していなかったが、約1週間後、急性肝不全により死亡した。

(裁判所の判断)
・肝臓の切除を行うにあたり、右葉切除以上の切除を行う場合には,正常に機能している肝臓が大量に切除されることになるから,術後の肝不全や合併症を併発する危険が高くなる。従って、肝予備能が正常である場合には70ないし80%の肝切除が可能であるが,それは肝の循環動態が安定している場合に限られ,静脈壁の損傷や圧迫止血等により肝静脈が狭窄する場合には,循環不全から肝予備能の低下をもたらし,肝不全に至る危険がある。そうだとすると,本件においては、肝臓の70%程度に及ぶ拡大肝右葉切除術が行われていることから、担当医は,術後の肝予備能を維持して肝不全の発生を防止するため,左肝静脈の循環動態を安定させる措置を講じなければならず,狭窄の原因となる左肝静脈の損傷や圧迫止血等を回避すべき義務を負う。しかるに,担当医は,術中所見により肝臓の腫瘍切除が可能であると判断し,当初は困難な手術であるとして予定していなかった同切除を行ったのであり,モスキートペアンの操作により中肝静脈と左肝静脈の合流部辺りを損傷し,その圧迫止血を行って左肝静脈の狭窄から循環不全を招き,術後急性肝不全により患者を死亡させたものである。したがって、左肝静脈の損傷やその圧迫止血がやむを得ないものであった事情がない限り,担当医には,肝切除術におけるモスキートペアンの操作や止血方法につき,過失があったものと推定されるというべきである。
・因果関係‥‥肯定

(請求額と判決認容額)
3853万円→1726万円

(福岡地方裁判所小倉支部平成14年5月21日判決 判例タイムズ1141号219頁)

手技ミス(器具等残置を含む) 事例3-3

62歳女性が狭心症、心筋梗塞の治療のためPTCA(経皮的冠動脈形成術)を受けた際、ガイドワイヤーが腎臓の血管を損傷し、失血性ショックで死亡した事案について、腎周囲の出血を見落とした点に過失が認められた事例

(事案の概要)
・患者は、通院していた被告病院にて糖尿病の合併症としての血管障害が疑われたため、被告病院に入院して心臓カテーテル検査を受けたところ、右冠動脈に8~12mmにわたって完全閉塞があり,左冠動脈の前下行枝及び旋回枝には動脈硬化性の強い高度の狭窄のあることがわかった。
 そこで、担当医は、患者に対し、右冠動脈及び左冠動脈についてPTCAを試みた上で,PTCAが不成就の場合は心臓バイパス術を行うことを考え、患者らに対し、PTCAと心臓バイパス術について説明したところ、患者らは、PTCAを受けることについては同意した。
・翌日、午後3時頃、PTCAが行われた。
 担当医は、右足の鼠頚部の動脈からガイドワイヤーを挿入して心臓まで到達させ、次いでガイディングカテーテルをガイドワイヤーに沿って右冠動脈に到達させ、その後、ガイドワイヤーを抜き、血管の閉塞部を貫通させるためのガイドワイヤー(チョイスフロッピー)を上記ガイディングカテーテル内を通して心臓まで到達させ、右冠動脈の閉塞部を貫通させようとした。しかし、うまく貫通できなかったため、さらに別のガイドワイヤー(アスリートソフト)と取り替えてさらに貫通を試みたが、今度は血管解離(ガイドワイヤーが血管の膜の間に入り込んでストップしてしまうこと)の状態になってしまったため、PTCAを中止した。
・その後、担当医は、右足の鼠頚部の圧迫止血を行ったが、その頃、患者が右腰背部に激しい痛みを訴えたため、鼠頚部を中心に視診で内出血を探したが見つからなかった。
 そこで、担当医は、さらに腹部CT検査、腹部エコー検査を行った結果、腎臓周囲に少量の浸出液を認めたが、他科の医師とも協議して検討した結果、これを尿の排水障害により腎臓から漏れ出た尿であると判断した。
 そこで、担当医は、尿の排水障害を改善するため、尿路へのカテーテル挿入や薬剤投与を行って経過観察を続けた。
・その翌日、患者は、吐気や食欲不振を訴えたりしたが、午前7時頃の血液検査の結果は、明らかな貧血の症状であった。患者は、午後2時頃、会話が可能であったが、午後4時前に突然容態が悪化し、血圧触知不良,自発呼吸もほとんどみられない状態となり、担当医らが救命措置を試みたが、午後5時に死亡した。
 病理解剖の結果は、腎臓周囲に410gの血腫があり、出血が腸管膜根部から横隔膜腹腔面,右側大腰筋部,腹腔内に及び,部分的には右腎実質内に連続性に波及し,皮質部に小斑状の出血巣として,左腎臓にも下極の皮質部に小出血斑として存在していることが確認された。

(裁判所の判断)
・鑑定人によると、腎臓周囲の出血はPTCA時にガイドワイヤーが腎門部から腎実質内の細い血管に迷入して腎被膜の付近で血管を損傷させたことによるものであり,血管損傷後,出血量が徐々に増加するにつれて血液が腎被膜外にも及び,結果として脂肪層に腎臓周囲を包み込む形で血腫が形成されたものと推論しており、被告の主張するように突発的に非外傷性腎周囲血腫を発症したという可能性は非常に低いといわざるをえず、本件出血は、ガイドワイヤーにより腎実質内の血管を損傷させたものと推認すべきである。
・患者はPTCA施術直後に激しい痛みを訴えていたことからすれば,医師としては、ガイドワイヤーやカテーテルによる血管損傷、血栓、アテローム等の閉塞の可能性を最も疑って,複数の検査を行って痛みについての確定診断に努めるべきであった。
・担当医らは,いったんは出血を疑ってCT検査,腹部エコー検査を実施し,右腎周囲腔に滲出液を認めていながら,この液を尿漏れによる尿であると判断して,出血の可能性を否定し,さらにに血液検査を行うことなく,経過観察を続けた。しかし,患者には尿漏れの原因となる事情もうかがえず,尿漏れの場合にみられるはずの腎門部開放もなく,右腎周囲腔の滲出液のCT値のみからは,この滲出液が尿と造影剤が混在したものであるとまでは確定できなかったことからすると、担当医らが,CT検査,腹部エコー検査の結果のみから右腎周囲腔にみられた滲出液を尿漏れによる尿と判断したことは誤りであるといわざるを得ず,出血の可能性を一切否定し血液検査等の検査を怠って腎周囲の出血の事実を見落としたことには過失であったというべきである。

・因果関係‥‥肯定

(請求額と判決認容額)
4800万円→3799万円

(松江地方裁判所 平成14年9月4日判決 判例タイムズ1129号239頁)

手技ミス(器具等残置を含む) 事例3-4

51歳女性が脳動脈瘤破裂の予防手術である脳動脈瘤塞栓術を受けた際、脳動脈瘤から出血して後遺症が残った事案について、塞栓術に使用するデリバリーワイヤーとマイクロカテーテルのマーカー合わせを怠った過失があるとされた事例

(事案の概要)
・患者(51歳女性)は、他院からの紹介で被告病院での検査を受け、その結果、右中大脳動脈に未破裂脳動脈瘤があり,その大きさは,体部横径5.7mm,体部縦径3.4mm,頸部径3.3mmであった。担当医は、予防手術として開頭クリッピング手術(開頭術)と血管内治療(脳動脈瘤塞栓術)があることの説明をし、患者は、脳動脈瘤塞栓術を受けることにした。
・その10日後、脳動脈瘤塞栓術が行われた。具体的方法は次のとおりであった。
 大腿動脈にガイディングカテーテルを挿入し、レントゲンで透視しながら目的である動脈に誘導した後、ガイディングカテーテルの中にマイクロカテーテルとマイクロカテーテルを誘導するためのガイドワイヤーを挿入し,マイクロカテーテルの先端を動脈瘤の中へ送り込む。
 さらに、マイクロカテーテルの中に先端にコイル(プラチナの糸)を付けたデリバリーワイヤーを送り込んで,コイルを動脈瘤の中で糸を巻くようにして丸めて動脈瘤の中を塞ぐ。
 最後に、コイルが適切に脳動脈瘤内に留置されていることを確認した上で通電してコイルとデリバリーワイヤーを切り離す。
・ところが、上記脳動脈瘤塞栓術中に動脈瘤を穿孔していたことが発見され、担当医は,薬剤等により動脈瘤からの出血を止めたが,その際,原告はくも膜下出血及び出血性脳梗塞を発症した。
 患者は,半年以上してから症状固定となったが,左半身麻痺、左上下肢機能全廃、右足関節機能障害の後遺障害が残った。

(裁判所の判断)
・本件脳動脈瘤は、頸部径が3.3mm、体部横径が5.7mm、体部縦径が3.4mmの形状をしており、本件では、マイクロカテーテルの先端が本件脳動脈瘤の中央部よりやや奥の位置でコイル充填が行われたため、コイルマーカーと第2マーカーとのマーカー合わせが正しく行われたとしても、マイクロカテーテル先端から出たデリバリーワイヤーの先端と脳動脈瘤壁との間には1.6~1.7mmの距離しかない可能性のある状態にあった。
 ところが、担当医において、上記マーカー合わせを正確に行えないような角度の画像の下でデリバリーワイヤーの操作を行ったため、マーカー合わせを行った時点ではすでにデリバリーワイヤー先端がマイクロカテーテル先端よりさらに先進して脳動脈瘤壁に近づき、脳動脈瘤のネック付近でわずかにたわんでいたマイクロカテーテルないしデリバリーワイヤーが少し直線化したこともあって、デリバリーワイヤーとコイルが動脈瘤内部から脳動脈瘤壁を押して脳動脈瘤先端部がとがったような形状となり、そこに造影剤が注入されたことが契機になって、デリバリーワイヤー先端によって脳動脈瘤が穿孔されたと推認するのが相当である。
・脳動脈瘤穿孔は、正しくコイルマーカーと第2マーカーとのマーカー合わせが行われなかったため、担当医がマーカー合わせを行った時点で、すでにコイルマーカーが第2マーカーを越えており、その越えた分だけデリバリーワイヤーがマイクロカテーテル先端から先進し、この超過先進分の先進がなければ発生していなかったもので、そのことが本件脳動脈瘤穿孔の主たる原因であったと考えられる。
 そして、血管内治療においてデリバリーワイヤーを操作する術者には、デリバリーワイヤーの先端が動脈瘤や血管を穿孔することがないよう、コイルマーカーと第2マーカーとのマーカー合わせのときの位置よりもデリバリーワイヤーを先進させないようにすることが求められており、そのような注意義務があるというべきである。
 そうすると、本件血管内治療において、担当医には、硬い金属製のデリバリーワイヤーを使用するに当たり、これが本件動脈瘤を傷つけることを防止するため、デリバリーワイヤーがマイクロカテーテル先端より先進しないよう、正面透視のままコイルの挿入を行うのであれば、マーカー確認の角度が不適切であることを十分に考慮した上で、慎重にデリバリーワイヤーの操作を行い、かつ、側面透視又は側面透視に近い透視角度によりマーカーの確認をした上で、マーカー合わせをすべき注意義務があったところ、担当医には、この注意義務に違反した過失がある。
・因果関係‥‥肯定

(請求額と判決認容額)
2億201万円→1億7014万万円

(名古屋高等裁判所 平成25年11月22日判決 判例時報2246号22頁)

手技ミス(器具等残置を含む) 事例3-5

66歳男性が黄斑部網膜上膜形成症に対する黄斑上膜手術を受けたところ、術後視力が0.09になる等の症状が発生した事案について、術中の過失が認められた事例

(事案の概要)
・患者(66歳男性)は、被告病院を受診し、担当医から、左眼に黄斑上膜が形成されているとの診断を受け、手術によって網膜の上に形成された膜を取る必要があるとの説明を受け、黄斑上膜の手術(硝子体手術、膜処理を含む)及び白内障手術(超音波水晶体乳化吸引術、人工レンズ挿入術)を受けることにした。
・2ヵ月後、患者は被告病院に入院し、上記手術が行われた。
・患者は、手術から10日ほど経って被告病院を退院したが、左眼視力は、術前は1.2であったのに対し、術後は0.04に低下し、角膜には浮腫が見られた。
・そこで、患者は、2ヶ月半ほど経過した後、他院を受診して診察を受けて角膜移植手術を受けることにし、その後、同手術を受けたが、網膜の増殖が予想以上に進んでいるとのことで、さらにその除去手術(硝子体切除術)を受けた。
・しかし、結局、他院での診断の結果、患者の左眼は黄斑部機能障害であり、視力0.09で矯正不能であるとされた。

(裁判所の判断)
・患者は、最初に受けた黄斑上膜の手術の翌日、左眼はかすんでほとんど見えず、視界は常に薄暗い状態になっていた。さらに、手術前に茶色であった虹彩が手術後には灰色に変色し、視力についても術前1.2であったのが術後0.04程度に低下し、角膜に浮腫が生じたことが認められる。
 このように、術後すぐに眼に大きな異常が生じているのは、術前に合併症として予想されていた症状が術後に発生したなどの特段の事情がない限り、手術の際に、何らかの不手際があったことを推認させるものである。
 また、上記手術の担当医自身も、他院あての紹介状・診療情報提供書の中で、患者の症状の原因として、術中の機械的刺激や薬剤の迷入などが考えられると記載し、患者への説明としても、症状の原因としては、①手術における薬の間違い、②膜外しの失敗、③強烈な光を眼に当てすぎたことが考えられるが、消去法で考えると、薬の間違いだと思われるとのことであり、術中の何らかの過失を認めている。
 さらに、本件訴訟の中でも、被告は過失の存否について積極的に争わないばかりか、眼内に局所麻酔薬などを誤って混入させた可能性があると認めており、このような事情も考え合わせると、過失の態様を特定するのは困難であるものの、担当医には、上記担当医が説明する3点のいずれかの過失があると認められる。
・因果関係‥‥肯定

(請求額と判決認容額)
9018万円→1970万円

(東京地方裁判所平成18年7月28日判決)

手技ミス(器具等残置を含む) 事例3-6

35歳男性がレーシック手術を受けたところ、右眼に角膜混濁,角膜皺形成などの障害が発生し,右眼の視力が低下し矯正不能な状態に陥った事案について、術中、スパーテルを誤った位置へ侵入させた注意義務違反を認めた事例

(事案の概要)
・患者(35歳男性)は,両眼とも近視性乱視であり、両眼の裸眼視力はそれぞれ0.3であった。
・患者は、被告病院にて、イントラレーシック手術を受けた。
・レーシック手術は,角膜にエキシマレーザーを照射し,角膜のカーブを変えることにより屈折率を調節し、屈折異常を矯正する手術である。レーザーで角膜を削る前にフラップを角膜に作成し,フラップをスパーテルでめくって露出させた実質層にエキシマレーザーを照射して,角膜の屈折率を調節する。
レーシック手術のうち,フェムトセカンドレーザーと呼ばれるコンピュータ制御されたレーザーを用いてフラップを作成する手法を,イントラレーシック手術という。
・術後,患者の左眼の視力は,1.5に回復し,その後2.0まで回復したが,右眼の視力は回復しなかった。

(裁判所の判断)
・原告(患者側)の主張は、角膜の適切な部位にフラップを作成すべきであったのに担当医は角膜実質深層にフラップの作成を試みた点に過失があるということであり、被告(病院側)の主張は、フラップは適切な部位に作成されており、右眼に障害が生じた原因はフラップをめくる際にスパーテルがフラップ作成部よりも深い層に侵入したことによるものであるということである。
・本件において、医師作成の照会回答書やセカンドオピニオン報告書や画像からすると、原告が主張する位置にフラップが作成された可能性も否定できないが、本件FSレーザー装置の構造や設定からして原告の主張するような位置にフラップが作成されたとは考えがたく、その他の事情も加味すると、原告が主張するような担当医の過失は認めがたい。
・しかし、被告が自ら主張するように、スパーテルが誤った位置に侵入してしまったとの事実を前提とすると、医師がレーシック手術を行う際に、スパーテルをフラップが作成された位置以外の誤った位置に侵入させて角膜に傷を生じさせないようにするべき注意義務を負っていることは当然であるから、本件において、担当医はこの注意義務に違反したものである(過失あり)。
・患者の右眼は,角膜瘢痕及び不正乱視による視力低下があり,その矯正が不能または相当に困難であり、左右の眼の視力差や右眼の不正乱視の症状のために、眼精疲労,眼底痛,肩こりなどの自覚症状を感じていることが認められ,後遺障害等級は,14級に当たると評価するのが相当である。
・因果関係‥‥肯定

(請求額と判決認容額)
4670万円→704万円/p>

(東京地方裁判所平成23年10月6日判決 判例タイムズ1409号391頁)

手技ミス(器具等残置を含む) 事例3-7

虫垂炎に罹患した患者が虫垂摘出手術を受けた際、腹腔内にドレーン用のゴム管が遺留された事案において、病院側に過失が認められた事例

(事案の概要)
・患者(21歳の女性)は、虫垂災(いわゆる盲腸)に罹患したため、被告病院に入院した。
・翌日、患者は、被告病院にて虫垂摘出の手術を受けたが、担当医は、手術後に閉腹をした際、患者の腹腔内に使用済みドレーン用ゴム管一本(長さ約23cm)を遺留した。
・患者は、その3日後頃から、ゴム管が遺留されたことによって生じた排尿時の11ex腹部激痛を訴え始めたが、担当医はその原因を究明することができず、そのまま6日間入院を続けた後、被告病院を退院した。
・その後、患者は、他の2つの病院で診療を受けたが、原因は究明されず、適切な治療を受けることができなかった。患者は、これらの病院への通院期間中、ゴム管が原告の骨盤腔内の腹壁に癒着し、週4日ないし5日の頻度で腹部に重い激痛があり、歩行困難を来したほか、排便・排尿時に介助を要し、アルバイトもできない状態であった。
・その後、2年間弱経過後、患者は、さらに別の病院でようやく上記ゴム管の抜去手術を受けることができ、腹痛も緩解し、退院した。
・患者は、抜去手術の結果、下腹部中央部上下方向に長さ約5cm幅約1cm大のケロイド状手術痕が残り、以後、腹部に引きつるような痛みが残った。

(裁判所の判断)
・担当医には、本件手術の手技のうち最後に施術された閉腹手技までに、患者の腹腔内に治療上不要な使用済みの手術用器具を遺留していないことを確認し、遺留器具があればこれを除去すべき注意義務があった。
 しかるに、担当医は、閉腹手技までに、確認を怠り、本件ゴム管を遺留したまま閉腹し、もって上記注意義務に違反したものである。
・因果関係‥‥肯定

(請求額と判決認容額)
1946万円→731万円

(東京地方裁判所平成元年2月6日判決 判例タイムズ698号256頁)

手技ミス(器具等残置を含む) 事例3-8

患者が心室中隔欠損症・感染性心膜炎等の治療のために心臓手術を受けたところ、手術に使用した針が体内に遺残された事案について、病院の責任を認め、慰謝料等が認められた事例

(事案の概要)
・患者(1970年生)は、2010年、体調悪化等により、被告病院に救急搬送され、検査の結果、心室中隔欠損症、感染性心内膜炎と診断され、5日後に三尖弁形成術、心室中隔欠損孔閉鎖等の手術(第1手術)が行われた。
・ところが、手術中に使用した針の数が合わないことが判明し、その日のうちに針の探索・除去のために再度体外循環下に心臓(右心房)が切開され、本件針の摘出が試みられたが(第2手術)、血液が多量に噴出したこと等から針の発見には至らず、担当医はそれ以上の体外循環の継続は出血傾向の問題などもあり無理と考えて、針の摘出が得られないまま第2手術を終了した。
・その後、針は、右心房から下大静脈へ移動し、手術から12日後頃までには肝静脈に入り込み、より深い位置へと移動した。担当医は、針を外科的に摘出することは困難であるが、針が体内に遺残していることによる悪影響はほとんどないと判断した。
・さらに約1ヵ月後、2ヵ月後に撮影したCT検査画像における針の位置は、それ以前に撮影したCT画像における針の位置と同じであった。
・さらに数ヶ月後、患者は、別の病院の消化器外科を受診し、医師の診察を受けて血管造影剤を注入した上でCT検査を受けたが、針は従前と移動していないと説明された。
・遺残された針は、医療用縫合針であり、針は円弧を描いており、全長は約1cmであった。

(裁判所の判断)
・針の遺残後約1ヵ月1週間が経過した時点、約2ヵ月が経過した時点、約6ヵ月が経過した時点、約2年6ヵ月か月が経過した時点、のそれぞれの針の位置は手術後11日後の位置と同じであって、同日以降針は移動していない。当該経過は上記医学的知見から予想される経過と一致する。
 そうであれば、医学的知見による経過の予想は実際の経過によっても裏付けられているので、針は血管内壁に取り込まれて動かない状態となっており、今後、針が移動する可能性は極めて低いと認定できる。
・針の遺残は、手術時に患者の体内に異物が遺残されることがないように注意するという医師の基本的な注意義務に違反した行為であり、いかに本件手術が救命可能性の低い困難な手術であったといえども、本件針の遺残という過失の程度は決して軽いとは言えない。
・本件において、針は、肋骨と胸部の筋肉・脂肪、肝臓の臓器に守られた、いわば身体中の血管の中でも最も安全な部類の場所に安置されているのであって、医学的に患者に行動制限を及ぼすものではないと認められる。
 針が体内に遺残されることによって今後周辺組織の細菌感染等が生じるおそれは極めて低いといえる。さらに、縫合糸については組織内での吸収こそされないものの、感染を起こしにくい性状のものであるから、縫合糸が体内にとどまることによって感染のおそれが高まっているとも認められない。
 以上から、針を体内に遺残させたまま生活しても特に問題はないため、針を摘出する手術を行う必要があるとは認められない。
 ただし、患者が針の摘出を望む心情自体は理解できるところ、本件針を摘出しようとすれば、肝臓を40%切除しなくてはならないのであって、この点によって原告に生じる精神的負担については慰謝料で考慮する。
・因果関係‥‥肯定

(請求額と判決認容額)
4200万円→802万円

(さいたま地方裁判所平成26年4月24日判決 判例時報2230号62頁)

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