東京の弁護士 患者側の医療ミス事件を取り扱っています

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治療義務

治療義務 事例2-1

模造刀で胸を突き刺されて病院に搬送された患者が、創部を縫合するなどの処置をされたほか、開腹手術が実施されず、抗生剤投与、輸液等の保存的治療が続けられたが、11日後に死亡した事案において、開腹手術をしなかった過失が認められた事例

(事案の概要)
・ある日の午後11時50分頃、患者(男性27歳)は、左前胸部刺創により救急車で本件病院に運ばれた。患者の話では、座っていたところを日本刀のようなもので刺されたとのことで、同行してきた警察官によれば、凶器は模造日本刀で、刃先に約3cmほどの血液が付着していたとのことであった。
・当直医が患者を観察したところ、創口は約2cmであり、創口より創傷内部をゾンデで探ったところ、内側へ向かって約4cm挿入することができるにとどまった。
 その後、胸部臥位及び腹部臥位のレントゲン写真、腹部のCT写真が撮影されたが、胸部レントゲン写真で右横隔膜の挙上及び心肥大を認めただけであった。また、来院時にかなり自発痛を訴えていたが、ペンタジン30mgの筋注によって軽快し、その後は痛みや呼吸苦もなく、腹部の触診等によっても、圧痛、デファンス、ブルンベルグ徴候等の腹膜刺激症状は認められなかった。さらに、意識、血圧、脈拍等の全身状態からしても、腹部損傷や出血の兆候は認められなかったが、念のため、入院することになった。
・しかし、入院翌日の午前7時頃、呼吸苦とともに急に左側腹部痛が発現し、すぐに自制不可能となり、軽度の発汗、顔色不良も認められた。午前9時過ぎには、再び自制不可能な疼痛が発現し、再びペンタジン15mgが筋注されたにもかかわらず、この腹痛は午前11時10分頃になっても強度であり、自制不可能であった。
 その後、当直医から引き継いだ担当医が患者を診断したところ、腹膜刺激症状は認めなかったが、腹腔内の出血と臓器損傷の有無を確認すべく、血液検査、レントゲン写真及びCT写真撮影等を指示した。
・入院3日目は、午前0時頃、不眠と疼痛の訴えがあったが、午前6時頃には、苦痛の訴えはなく、右肩の疼痛は軽減し、腹満もなかった。午後2時頃、口渇の訴えがあったが、腹痛は自制可能であった。
・しかし、入院4日目の午後4時頃には、強度の腹満及び息苦しさがあり、午後6時ころ、腸の運動がないため、胃チューブを挿入したところ、胆汁様の大量の排液があった。なお、呼吸苦及び腹痛の訴えはないものの、いくぶん息苦しい様子であり、午後7時頃には、大量の発汗があり、疼痛の訴えはないものの、やはり息苦しい様子であった。
・その後、担当医は患者に対して、開腹手術を実施しないまま抗生剤投与、輸液等の保存的治療を続けたが、入院12日目に患者は死亡した。死因は、左前胸部に刺入口を有する刺創(その深さは18ないし19cm)に基づく空腸損傷による化膿性腹膜炎であった。

(裁判所の判断)
・腹部損傷には、開腹手術によらなければ治癒する余地のないものがあり、消化管穿孔とこれに起因する腹膜炎はこれにあたるから、その原因疾患の確定に至らなくとも、直ちに開腹手術を行うべきである。
 また、腹部損傷について、レントゲン写真等により、腹腔内に正常な場合には認められない遊離ガス像が認められた場合には、消化管穿孔及びこれに起因する腹膜炎を疑い、患者が開腹手術に耐え得る限り、直ちに開腹手術を実施すべきである。仮に、遊離ガス像が認められない場合であっても、著明な腹部刺激の症状、所見が認められる場合には、その他の臨床所見及び検査結果等の経過を考慮し、腹膜炎の所見の有無を判断し、腹膜炎の所見を認めた場合には、患者が開腹手術に耐え得る限り、開腹手術を実施すべきである。
・入院4日目に撮影されたレントゲン写真には、右横隔膜下に遊離ガス像が存在し、この右遊離ガス像は、その発現が受傷時からかなり遅延しその程度もわずかなものであり、右横隔膜の挙上により横隔膜陰影に肺陰影が重なるなど、発見にかなり困難な事情が存したのであるが、初診時から本件レントゲン写真の撮影に至るまでに、担当医らが患者について特に腹部損傷の可能性を疑っており、その他の事情をも考慮すれば、担当医らは、右遊離ガス像を発見すべきであったし、少なくともレントゲン像によって遊離ガスの存在を疑い、その存否を確認すべき検査をなすべきであり、そうすれば、遊離ガスの存在を発見できたはずである。よって、担当医には、上記レントゲン写真に腹腔内遊離ガス像を発見し直ちに開腹手術を実施すべき義務があった。
・因果関係‥‥否定。ただし、開腹手術実施義務違反により患者が被った精神的苦痛に対する慰謝料としては金2000万円が相当。

(請求額と判決認容額)
1億9011万円→2420万円

(東京地方裁判所 平成3年7月23日判決 判例タイムズ778号235頁)

治療義務 事例2-2

腹痛により入院した17歳高校生に対し、担当医は単なる腸炎と診察して抗生物質の投与と点滴等の治療を行うのみで開腹手術をしないまま敗血症ショックにより死亡した事案について、開腹手術の時期を遅延した過失を認めた事例

(事案の概要)
・患者(17歳男性)は、ある日の昼頃、腹痛、39.5度の発熱とともに、水様性の下痢があったので、夕方、近医を受診し、風邪と診断された。
・翌日夕方、患者は再び受診した近医から被告病院を紹介されて被告病院を受診し、担当医(内科医)に対し、つっぱって破裂しそうな感じの腹痛を訴え、体温も高く、腹鳴もあり、S字結腸が膨張していた。そこで、担当医は、レントゲン検査、血液検査を行い、その結果、急性虫垂炎、S状結腸捻転、急性腸炎の疑いがあるとして、経過観察とした。その後の注腸造影検査の結果、S状結腸捻転は否定された。
・被告病院を受診後2日目の朝、右下腹部に圧痛の最高点があり、反動痛(圧迫を離したときの痛み)があったため、担当医は急性虫垂炎と診断し、外科に手術を依頼した。
 外科医は、同日のレントゲン検査の結果、小腸にガスが多く、ニボー(鏡面像)を形成していたことから、麻痺性イレウスと診断したが、症状から急性虫垂炎としては非定型的であるが、右下腹部の腹膜刺激症状が著明なため、虫垂に穿孔があることも考えられるとして虫垂部分の開腹手術をすることにした。
 外科医が虫垂部分の開腹手術を施行したところ、虫垂は表面が充血していたが膨張は軽度であり、黄色透明の漿液性の腹水が中等量あり、開腹した6~7cmの部分から回腸、上行結腸等を見たところ回腸末端の拡張・充血が著明であったため、急性虫垂炎ではなく重症の急性腸炎(回腸末端部分)の疑いが強いと診断し、中垂部分の切除を行った上、ドレーンは入れることなく閉腹した。
 しかし、その後も腹部の膨満は顕著であり、ガスがたまり、圧痛、反動痛もあったことこら、抗生物質投与、点滴、絶飲食等を行ったが、腹部の膨満や腹痛、圧痛は持続し、ときどきしゃっくりもあり、ショックを起こすまで毎日実施された腹部レントゲン検査では、腹部のガス像は改善されず、腸内音はほとんど聞き取れない状態であり、麻痺性イレウスの状態が次第に悪化していった。
 担当医は、通常の腸炎なら2,3日の安静と絶飲食、輸液により快方に向かうはずなのに、全く症状が改善されないのは虫垂炎の手術のためであると考えた。そのため、血液検査結果に注意を払わず、直腸診も行わず、患者が痛みを訴えていたのに、真剣に受け止めなかった。
・その結果、被告病院受診後6日目、患者の腹部は全体に緊満し、敗血症性ショックを起こし、心停止を起こし、死亡した。
・解剖の結果、腹水混濁し、小腸、上行結腸の漿膜面に炎症が認められり、潰瘍が多発し、小腸には顕微鏡的穿孔があって、腸炎とグラム陰性菌による汎発性腹膜炎を起こしていた。

(裁判所の判断)
・患者は、当初から重症の腸炎であった後、汎発性腹膜炎、敗血症性ショックを起こし、DIC、急性腎不全により死亡したと認められる。
・急性腹症においては、緊急に開腹手術をする必要があるかどうかを早急に判断することが重要である。
 腹膜炎は、汎発性・限局性に分類できるが、全身状態が刻々悪化するときは汎発性腹膜炎を考えるべきである。急性汎発性腹膜炎は、腹膜腔の大部分に急性炎症の発したものをいうが、症状のうち最も大切なものは筋性防御であり、さらに強くなると筋硬直となり、腹膜刺激状態から腸麻痺に移行すると便通もガスも止まり、腸内音も消失する。穿孔性腹膜炎の際はその多くが急性汎発性腹膜炎となる。
 患者は、被告病院受診後2日目のレントゲン検査により麻痺性イレウスであることが判明していたのであり、さらに一般所見や腹部所見、検査所見、中等量の腹水の存在、便潜血検査の結果、敗血性ショックを起こしていることなどを考えると、患者は被告病院受信後4日目までには急性汎発性腹膜炎を発症しており、緊急に開腹手術を行い、患部を摘出しなければならない状態にあった。
 そうだとすると、遅くとも被告病院受診後4日目までには急性汎発性腹膜炎の発症が十分に予想される状況にあったから、担当医は、筋性防御、反動痛といった腹部所見の有無を注意深く観察するなど必要な診断を行って更に確実な所見を得て緊急に開腹手術に踏み切るべきであった。ところが、担当医は単なる腸炎と軽信して腹部所見等を見逃し、漫然と抗生物質の投与及び点滴等の治療を行うのみで、開腹手術の時期を遅延したものというべきであり、この点で被告病院医師に過失がある。
・因果関係‥‥肯定

(請求額と判決認容額)
6734万円→5737万円

(那覇地方裁判所 平成4年1月29日判決 判例タイムズ783号190頁)

治療義務 事例2-3

22歳女性が頭痛を訴えて病院を受診したが、診断が確定しないまま、2度転院し、転院先の病院で、左前頭葉に脳腫瘍など何らかの占拠性病変があると考えられたことから、左前頭骨形成的開頭及び左前頭葉内血腫除去手術を行ったが、その甲斐なく、植物状態となり、その8年後に死亡した事例

(事案の概要)
・患者(22歳女性)は、旅行から帰ってから頭痛を訴え、A病院を受診したが、次第に頭痛や吐気が強くなり、嘔吐やふらつきもみられたので、B病院に転院した。
・B病院で患者は数日間入院したが、状態は変動しつつもやや悪化し、最終的には、会話は可能で意識は清明であるが、発語に問題なく言語の了解も良好であったものの、右不全片麻痺が認められ、容易に嘔吐する状態であり、至急CT検査をする必要が認められ、C病院に転院した。
・入院したC病院では、患者に脳腫瘍など何らかの占拠性病変があると考えられため、CT検査を施行し、脳血管撮影によって占拠性病変の原因を調べたうえで、これを除去する手術を実施することとした(手術予定は5日後)。
 しかし、入院後2日目に、患者は自制しがたい頭痛を訴え、尿失禁、尿漏れがみられ、夕方から3度胆汁様のものを嘔吐し、右下肢屈曲位を十分保てないなど顔面も含む右半身不全麻痺の症状を示した。
 さらに入院3日目には、痙攣を起こし、右半身痳痺は増悪し、左動眼神経痳痺が残存し、左眼瞼下垂、安静時左眼球外転位が認められ、浮腫の増強による頭蓋内圧の亢進が脳幹の髄液を圧排していると推定され、脳ヘルニアを惹起する危険な状態になった。そこで、手術を翌日行うことにした。
 入院4日目午前中に手術(左前頭骨形成的開頭、左前頭葉内血腫除去手術)が施行され、上前頭回を穿刺すると暗赤色の血腫が流出し、血腫を摘出して手術を終了したが、術後、瞳孔不同が出現し、対光反射もなく、有害刺激に対する反応も明らかに低下して植物状態になり、8年後に死亡した。

(裁判所の判断)
・皮質下出血に対する治療方法は、保存的療法と外科的療法があり、その選択基準について、本件当時に一致した見解があったわけではなく、臨床症状に応じて、それぞれの療法が選択されていたものである。ただ、医療機関の報告事例からは、神経学的重症度が低く血腫が小さい(20mL以下)場合は概ね保存的治療に適しているが、そうでない場合、発症時は軽い症状であったがその後症状が悪化する場合、1cm以上の正中線偏位や脳幹部周囲脳槽の変形がある場合などを手術適応としている(ただし、発症時から重篤な症状を呈する場合は手術をしても結果はよくないとされている)。
 本件では、C病院入院中、手術適応であったことは明らかで、腫瘍部位の組織診断のためにも開頭手術は必要であった。
・問題は、C病院で行われた開頭手術の手術時期であるが、入院3日目に痙攣を起こし、除皮質姿勢をとり、ごく短時間で治まったものの、明らかな意識レベルの低下が認められた。診察した担当医は、点滴輸液路を確保し、抗痙攣剤を静脈注射したが、数分後から呼吸状態が悪化し、瞳孔不同が現れ、除脳姿勢をとるようになり、脳幹圧迫症状が出現した。このような急激な状態の悪化に対し、担当医は、脳圧降下剤の点滴を開始し、緊急CTの準備を指示し、点滴が終了した後、CT検査を施行した。その結果、CT所見上は新たな出血等の占拠性効果の増大は認められなかったものの、左側脳室や脳底槽は描出されず、浮腫の増強による頭蓋内圧の亢進が脳幹の髄液を圧排し、脳ヘルニアを惹起する危険な状態にあると判断された。
 このような患者の状態の急激な変化は、緊急手術の基準である脳ヘルニア切迫状態や神経障害に急激な悪化に該当するから、応急措置を施した後、速やかに手術態勢の準備を指示するとともに、再出血の有無などを検討するためCT撮影を実施し、その結果を踏まえて緊急手術を施行するべきであった。
 そして、入院3日目の夕方に手術態勢の準備を指示しておけば、C病院の体制からすれば、遅くとも午後8時には緊急の開頭手術を開始して、患者の血腫を除去できたと考えられる。従って、遅くとも入院3日目午後8時までに、血腫除去手術を施行すべき義務があったのにこれを怠り、翌30日午前8時30分まで該手術を遷延させた点において、注意義務違反があった(過失あり)。

・因果関係‥‥もし入院3日目午後8時までに手術をすれば、現実の結果ほどの重篤な後遺症を残すことはなかったものと認めるのが相当である。ただ、財産的損害について、確実な判定はできないというべきであり、本件の損害の評価は、財産的損害も考慮した慰謝料として評価するのが相当である(2000万円)。

(請求額と判決認容額)
1億3244万円→2000万円

(京都地方裁判所 平成9年5月29日判決 判例タイムズ955号203頁)

治療義務 事例2-4

水腎症、腎不全等のため、左右の尿管皮膚瘻造設術を受けた患者が膀胱癌により死亡した事案において、膀胱癌の検索・治療実施義務違反を認めた事例

(事案の概要)
・患者(77歳男性)は、被告病院内科を受診し、検査を経て巨大な膀胱結石、両側水腎症、急性腎孟腎炎、慢性腎不全及、腎性貧血などを発症していると診断され、膀胱切石術及び膀胱瘻造設術(膀胱内に直接カテーテルを挿入する尿路変更術)を受けた。
 その後、患者は、退院後も定期的に泌尿器科を外来受診し、カテーテルの交換を受けるなどしながら膀胱瘻により排尿管理を行った。
・その約2年後、患者は、膀胱結石を再発して経尿道的膀胱結石破砕術を受け、さらに1年後、細菌感染症や尿路感染症の治療を受け、同年中、左水腎症及び腎機能障害と診断され、翌年、経皮的左腎瘻造設術、左尿管皮膚瘻造設術を受けた。
・このような経緯の約2か月後、患者は、右腎孟腎炎を発症して被告病院泌尿器科に入院し、、右尿管皮膚瘻造設術及び膀胱瘻閉鎖術を受けた。このため、患者は、左右の尿管皮膚瘻増設術の結果、膀胱を経由せず排尿管理がなされることとなり、膀胱に尿が流入することがなくなった。
・その後、患者には、ドレナージチューブや膀胱瘻閉鎖術を実施した正中創から排膿があり、死腔化した膀胱から排膿が続くとともに、発熱が収まらなかったことから、患者は被告病院の入院を続け、抗生剤投与の治療を受けた。なお、患者は、右尿管皮膚瘻増設術等の後、膀胱洗浄後の排液に血液が混じっていることが確認されたことがあり、その後も膀胱洗浄の際、断続的に膀胱洗浄後の排液に血液、コアグラ、血餅等が混入していることが確認された。
・担当医は、右尿管皮膚瘻増設術等以降、抗生剤の投与等を実施していたが、炎症が高度化していることが確認されるなど治療効果が認められず、弛張型の発熱が継続していたことなどから、これ以上保存的治療を実施しても症状の改善は見込めず、膀胱全摘術以外に症状を改善させる方法はないと考えるに至った。
 しかし、患者や家族への説明の結果、患者や家族は、膀胱全摘術を受けることはせず、被告病院において保存的治療を継続することを希望した。
・しかし、患者は、右尿管皮膚瘻造設術から約5か月後、膀胱部に生じた腫瘍からの大量出血が直接の原因で死亡した。

(裁判所の判断)
・患者は、膀胱部に生じた腫瘍からの大量出血が直接の原因で死亡しており、病理診断が施行されていないため死因とされた膀胱腫瘍が悪性であるとの確定診断はなされてはいないが、死亡に至るまでの経過や良性腫瘍であったことをうかがわせる特段の事情がないことから、死因は膀胱癌であったと認めるのが相当である。
・膀胱腫瘍の最も重要な初期症状は血尿であり、血尿の原因は膀胱内部に生じた腫瘍の血管が破綻することであるから、膀胱が死腔化している本件においても、膀胱洗浄の際、排液に血液が混入していれば膀胱癌を発症している可能性がある。さらに、患者には巨大尿路結石や尿路感染等の既往があり、左右の尿管皮膚瘻増設術等の結果、膀胱が死腔化しているなど、膀胱癌のリスク要因があったことなども考慮すれば、担当医としては、右尿管皮膚瘻増設術の2か月後、膀胱洗浄を実施し血性排液を確認した時点において、患者に膀胱癌が発症していることを疑い、適宜血性排液の細胞診、膀胱鏡検査、CT検査及びMRI検査等所要の検査を実施して膀胱癌が発症しているかのを検索した上、検査結果に応じた治療を実施すべき義務(「検索治療義務」)を負っていたと解するべきである。
しかし、担当医は、上記血性排液を確認した時点以後において膀胱癌を検索するために適切な検査を実施していないから、検索治療義務の違反(過失)が認められる。
・因果関係‥‥肯定

(請求額と判決認容額)
4435万円→1870万円

(名古屋高等裁判所 平成26年5月29日判決 判例時報2243号44頁)

治療義務 事例2-5

男子高校生が校内マラソン中、熱射病に罹患し、救急指定医院に緊急入院したが、熱射病が改善せず、脱水症及び低血糖を併発して死亡した事案において、担当医に治療行為の懈怠が認められた事例

(事案の概要)
・高校1年生のAは、10月末に行われた校内マラソンに参加し、午後1時過ぎにスタートし、11kmほど走ったところでマラソンコース上に転倒しているのが発見された。当時、天気はよく、気温は15℃であった。
・すぐに現場の救急室に運ばれ、学校医師団により救急手当てを受けたが、意識が不安定なことから、救急指定医院に搬送され、午後4時前に入院した。
・病院に搬入(入院)した当時、Aは、頭部内出血や頭蓋骨骨折はなく、熱射病と脱水のために、意識状態が不穏であったが、発見後間もなく行われた応急措置(リンゲル液投与、酸素吸入)の効果もあり、循環動態、呼吸、血圧も正常域にあり、体表は過高熱をうかがわせなかった。
・午後6時半頃、体表温度40度となったため、解熱剤の注射と氷嚢による両腋窩、鼠径部の冷却が続けられたことにより、体表温度は38度余に下がった。
・午後7時30分頃から午後12時頃まで、下痢が続き多量の水用便を排出し、マンニトールの強制利尿作用により、翌日の午前3時までに1700ccの排尿があったため、脱水状態が深刻化した。
・この間、熱射病は進行し、意識状態も悪化し、代謝性アシドーシスが進行し、次第に血圧が低下し、午前6時頃には、低血糖を伴う、重篤なショック状態(末梢循環不全)となった。
・そこで、急性循環不全改善剤が点滴されたが、血圧は非常に低く、安定せず、CVPも著しく低く、末梢循環不全がさらに進行し、その結果、腎、肝、胆道等の多臓器不全の状態に進行し、同日午前10時50分には、心停止となり、心臓マッサージ、昇圧剤の投与がなされたが、回復せず、Aは、同日午前11時27分、死亡した。

(裁判所の判断)
・担当医は、患者Aを救急入院させる際に、Aの意識状態が不穏であることを知っていたのであるから、意識状態不穏の救急患者を受け入れる救急病院の医師として、Aの全身状態を十分に観察し、CT検査、頭部胸部単純X線検査による頭蓋内疾患や外科的検査と同時に、血液検査、尿検査をして、体液の成分バランスなど内科的な検討から、各臓器障害の有無程度など病態の把握に努め、付き添って来た学園の校医などから、Aが意識障害を起こした状況や、発見後のAの容態、その後の処置を詳しく聞くべきであった。そして、意識状態や血圧、体温、呼吸状態、時間的尿量などを頻繁に経過観察すべきであった。
・担当医(及びその履行補助者であるスタッフ)が、救急患者、特に意識障害の救急患者やショック状態の患者に対してなすべき診察、検査を行なえば、当日午後6時30分頃には熱射病を疑診することが可能であったし、少なくとも代謝性疾患を疑うべきであったと考えられ、遅くても翌日午前6時までには、熱射病を疑診することが十分可能であった。
・Aは、病院に入院した当時熱射病に罹患していたことや約1時間ものマラソンによる強度の発汗、発熱、転倒状況等に照らせば、校医が疑診したようにAは脱水状態であったと推測される。それゆえ、担当医は、Aの意識障害が続いていたのであるから、原因疾患の一つとして脱水をも予測し、血液検査や尿検査をすべきであり、担当医が、右校医にAの発見後の状態、処置について尋ねれば、右校医がAを脱水状態にあると考えて治療していたことを知りえたのであるから、担当医にはこれらの点においても注意義務に違反した過失があるものといわざるを得ない。
・担当医が、当日午後6時30分頃に、Aの症状につき熱射病を疑診することは可能であったし、Aが脱水症状にあったことを予測し、かつこれを知り得たのであるから、担当医には、熱射病に罹患し脱水状態にあるAに対し、利尿作用の強いマンニトールを投与する場合には、テスト量を投与し、かつ尿量及び全身状態を観察しながら慎重にすべきであったのに、これを漫然と投与した点において過失があったものといわざるをえない。
・担当医には当日午後9時以降のAに対する全身状態の観察不十分の過失(直接は、履行補助者である担当看護婦の過失)が認められるとともに、翌日午前6時40分頃以降のAのショック状態に対する対処が不適切であった点においても過失があったというべきである。
・因果関係‥‥肯定

(請求額と判決認容額)
8601万円→6102万円

(静岡地方裁判所沼津支部平成6年11月16日判例時報1534号 89頁)

治療義務 事例2-6

高校1年生が真夏の野球部での練習中に気分を悪くして意識を失い、病院に搬送されたものの熱射病による多臓器不全で死亡した事案について、担当医に適切なクーリングを行うべき注意義務に違反した過失が認められた事例

(事案の概要)
・高校1年生のAは、真夏に行われた高校の野球部の練習でグラウンドをランニングしている途中、気分を悪くし意識を失い、救急車で被告病院に搬送された。搬送時のAの体温は39.9℃だった。
・Aは、来院時(0:25pm)、発汗、高体温、意識障害、便・尿失禁、嘔吐症状があり、呼びかけに対する反応は悪かったが、痛みに対する反応はあった。
 Aを診察した担当医は、高温、無風、炎天下の激しい運動中の発症であり、数日前から風邪をひいており、下痢をしていて体調を崩した状態であり、意識障害を起こしていたことからAは重篤な熱中症(熱射病の可能性もある)を発症したと考え、高体温や発汗により脱水症状が著しかったため、輸液1000mLを行った。
・Aは、2pm頃、入院したが、呼吸症状に特に問題はなく、自発呼吸はあり、サチュレーションは98%であった。看護師らは、担当医の指示に従って、2pm頃以降、氷のうを腋下と大腿部に2つずつ置き、アイスノンを首の下に置きクーリングを行ったが、それ以外のクーリングは行わなかった。
 担当医は、看護師に対してクーリングを指示した際、体温を37℃まで下げる目標はあったものの、何時間で下げるという目標まではなかった。
 その後、Aは、看護師に対し、ジュースが飲みたいとか目が見えないと言い、対光反射を観察する際にに大声を出し、体動が強くて抑制を必要とするほどだった。下痢便を大量に出し、意識朦朧状態であり、眼球の焦点が合わなかった。
・担当医は、横紋筋融解症、肺水腫又は急性肝不全、腎不全、播種性血管内凝固症候群などが併発する可能性を考慮し、血液検査を頻回に行い、腋下による検温、血圧、聴診、意識レベル、尿量などを2時間おきにチェックした。また、2時間間隔の間も、モニター等で心拍数、酸素飽和度、血圧等の全身チェックを行った。
・3:30pmにAの体温が40.4℃に上がり、担当医は、クーリング、輸液を継続した。意識レベルは、夕方ころから回復傾向となり、開眼がみられ、自分がどこにいるのか、周囲の人が誰か判るようになってきた。
 8pm、Aの体温が39.8℃に上昇し、看護師は引き続きクーリングを続行した。
 10pm、体温は39.4℃であった。
 11pm、下痢7回あり、臀部びらんがあり、Aが再び頭痛を訴えたので、担当医が鎮痛剤を処方したところ、頭痛は軽減した。また、Aが喉の渇きを訴えたので、氷片を口に含ませて、水分をとらせた。
・翌日0amに、Aの体温は38.8℃に下がり、6amには37.0℃にまで下がった。
 8am頃、Aの意識は清明となり、質問に対してきちんと答えられるようになった。
 0pmころ、昼食をとったが嘔吐した。
 4pm、Aの体温は39.6℃になり、ややボーっとしており、意味不明の言動をし、熱にうなされている感じであり、ジュースとプリンを食べたが、嘔吐した。
 6pm、Aの体温は39.8℃であり、意識はやや錯乱し、尿混濁高度の状態だった。血液検査の結果、肝障害が進み(GOT:14260,GPT:13580)、播種性血管内凝固症候群を起こしかけていたため、7:04pm、救急センターに搬送された。
・救急センターでは、ウォーターブランケットによる体表面冷却法や輸液をすべて冷却することによるクーリングによって、Aの体全体を冷却し、播種性血管内凝固症候群に伴う凝固能の改善のため、新鮮凍結血漿(FFP)を大量投与し、サイトカインを除去するため、持続血液濾過透折を行った。
 しかし、治療の甲斐なく、6日後に脳死状態になり、さらに8日後、熱射病による多臓器不全(急性腎不全、播種性血管内凝固症候群、肝腫大、肝壊死)のため死亡した。

(裁判所の判断)
・Aは、熱射病に罹患していたと認めるのが相当であり、少なくとも極めて熱射病の疑いが強いものとして対処すべき病態にあった。
 Aは炎天下でランニングにより気分が悪くなって意識障害、脱水症状を来していることに加え、熱射病は深部体温(直腸温)が40℃以上の高温のものであるとされているところ、0:25pm時点の体温は腋窩温測定で39.0℃であって、通常、腋窩温は直腸温より0.8℃から0.9℃低いとされているから、当時の直腸温は40.7℃から40.8℃であったと推定されるからである。・ところで、熱射病は緊急措置が必要であり、直ちに身体の冷却などの処置を開始しなければ、器官の不可逆性損傷をきたし死に至ることもあるり、核心温を速やかに低下させることが熱射病の治療を成功に導く大きな要因であり、素早い体温低下が救命の鍵といえ、病院への搬送途中でも速やかに体温を下げるため、衣服を脱がし、風をあてるなどして体温の下降をはかるべきである。また、熱射病の重症度は、高熱の程度以上に、高熱と持続した時間の積分により規定されることなどからすれば、被告病院にはAが搬送された日の0:25pmの時点あるいはその直後にはクーリングを開始すべき注意義務があった。
 しかし、被告病院は、Aが来院してから2pmまでの間、着衣を脱がせ、体を拭き、バイタルサイン、血液検査、心電図、レントゲン撮影等の検査を行ったのみで、最も重要な処置であるクーリングを開始しなかったのであるから、クーリングを開始すべき注意義務に違反したといえる(過失あり)。
・他方、クーリングの方法としては、主として、体表面冷却法、体腔冷却法、体外循環法・血液冷却法の三つに分けられるが、その場で施行し得る方法がすべて適応になるから、クーリング方法の長短をふまえて適切に行うべきであり、目標とする核心温(直腸温)は39℃以下である。
 ところが、Aの体温は、2pm時点で39.9℃、3:30pmに40.4℃まで上昇して10pm過ぎまで39℃を超える高体温が続いたことから、被告病院が行った氷のう法によるクーリングの効果は上がっていなかったのであり、被告病院としては、2pm以後、頻回の検温をし、氷のう法による冷却の効果を確認しながら、遅くとも氷のう法によるクーリングの効果がないことが判明した3:30pmの時点で氷のう法から蒸発法に変更するか、または蒸発法や冷却した輸液を使用する方法などを追加して冷却の効果を上げるべき注意義務があった。
 にもかかわらず、被告病院は、3:30pmの時点でも漫然と氷のう法によるクーリングを継続したままであったから、遅くともこの時点では適切なクーリングを行うべき注意義務に違反したというべきである。
・因果関係‥‥肯定

(請求額と判決認容額)
1億649万円→4413万円

(福岡地方裁判所平成15年10月6日判例タイムズ1182号276頁)

治療義務 事例2-7

咳嗽・発熱等の症状で治療を受けていた3歳児が、点滴注射用翼状針を手の甲に差し込まれた際に呼吸停止・心停止になった事案において、担当医の実施した用手人工呼吸法は妥当でなくマウスツーマウスによう人工呼吸法によるべきであったとされた事例

(事案の概要)
・当時3歳であったAは、被告病院において、1年半にわたり十数回、咳嗽(がいそう。咳のこと)・発熱等の症状で治療を受けていた。  この期間の最後の2か月間において、咳嗽のほか喘鳴の症状が見られたものの、その症状が呼吸困難を伴うとは判断できなかったため、担当医らは、喘息性気管支炎との判断の下、対症的に治療を行っていた。すなわち、気管支拡張剤の一種である交感神経刺激薬ホクナリンの投与、ステロイド剤の一種であるレダコードシロップの併用、気管支拡張作用を有し気管支喘息発作の治療に繁用されるイノリンとビソルボンの吸入、更にネオフィリンの投与が行われていた。
・本件事故当日、Aには前日から咳嗽が続いて呼吸困難があったとの申告があり、診察時にも喘鳴及び呼吸の際の胸の動きから呼吸困難の存在が認められたので、担当医はAの症状について気管支喘息の発作状態にあり、その程度は中程度であると診断した。
 ところが、その後、看護師がAに点滴注射用翼状針により点滴ルートを確保しようとしたところ、Aが注射を嫌がってベッドを降りようとしたので、看護師はAをベッドに抑制して点滴注射用翼状針を右手甲に刺し込んだところ、極めて短時間のうちにAは呼吸停止、心停止の状態となった。
 担当医らは直ちに蘇生措置を施したが、Aはなかなか自発呼吸を回復せず、結局、Aには、最重度の中枢神経系の障害が残ることとなった。
・なお、当時、被告病院にはまだ救急医療部はなかったものの、20の診療科を有し、小児科に医師7名、看護婦約23名を擁し、札幌地方においてはある大学の医学部付属病院に次いで医療水準の期待されるべき教育関連病院であった。

(裁判所の判断)
・Aの心停止・呼吸停止の原因について‥‥これにつき、正確な資料が不十分なこともあって厳密は不明というほかない。しかし、Aは、気管支喘息の中程度の発作に伴う呼吸不全により低酸素血症、高炭酸ガス血症の状態に陥り、多量の気道内分秘物による気道閉塞、イノリン吸入に伴う心、循環系に対する刺激作用、点滴を確保するためベッドに抑制された際の精神的不安・興奮に伴う交感神経系の過緊張等が複雑に関与して、低酸素血症、高炭酸ガス血症が増悪し、Aがベッドに抑制された際に急性の循環不全となり、心停止、呼吸停止の状態になったと推測する以外に、合理的に説明することができない。
・担当医がAに実施した用手人工呼吸法は、マウスツーマウスに比較して格段に換気効率が悪いため、マウスツーマウスを行えない状況下でのみ選択されるべきもので、本件事故時における通説的な医学的知見では、通常は用いるべき方法ではないとされていた。
 しかるに、担当医が用手人工呼吸法を実施したことから、心マッサージとしての効果はあったとしてもほとんど換気の効果がなく、他の医師によるマウスツーマウスが実施されるまでに心・呼吸停止から7分程度を要した。そのため、上記のような最重度の中枢神経系の障害を発生させるに至ったと認められる。
・そもそも、被告病院のような医療機関の小児科外来で医療行為に当たる医師・看護婦は、緊急事態の発生に備えて普段から救急蘇生法にいう一次救命措置の知識及び技術を身につけておき、緊急事態が発生したときは、速やかに有効な方法で一次救命措置を実施すべき義務があった。ところが、本件事故当日、Aの診療に当たった担当医らは、Aに呼吸停止・心停止が発生した際、速やかに有効な方法で一次救命措置を施さず、そのためAに最重度の中枢神経系の障害を発生させたのであるから、被控訴人には債務不履行の責任があるものというべきである。
・因果関係‥‥50%について肯定。Aが心・呼吸停止した際、速やかに有効な方法で一次救命措置が施されたとすれば、中枢神経系の後遺症を全く残さず蘇生し得たことも可能性としてはあり得るものの、かなり重度の中枢神経系の後遺症を残した可能性も否定することができず、以上の諸事情を総合考慮すると、Aに発生した損害のうちその50%について債務不履行ないし不法行為と因果関係があるものとしてその責任を負担させるのが相当である。

(請求額と判決認容額)
1億5849万円→4755万円

(札幌高等裁判所 平成6年1月27日判決 判例時報1522号78頁)

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